GET SHERLOCK

BBC「シャーロック」とCBS「エレメンタリー」のマイクロフトの周辺について

Mommy

Mommy (2014)

グザビエ・ドラン監督作品。
彼の見たい作品をまだ見ていなくて、これは『たかが世界の終わり』に次いで2本目の観賞。

架空のカナダを舞台に「S14法」という法律のある世界。どういう法律かというと、発達障害のある子どもを親が経済的、身体的、精神的に困難に陥った時の救済手段が定められています。

ネタバレには配慮します。

IMDb紹介ページ
トレーラーもついていますがネタバレに敏感な方は注意。

このブログの読者には見たいと思われる方がいらっしゃるのではないかとその方を思い浮かべながら。3年前に夫を亡くした40代のダイアン(ダイ)とADHDと愛着障害を持つ15歳の息子スティーブの話。スティーブは父親が亡くなってから荒れ出しADHDと診断されて施設に預けられていたが、問題を起こしたので、ダイアンは自宅で面倒を見ることに。そのことをきっかけにそれまで交流がなかった向かいに住む主婦カイラと親しくなる。彼女は2年前からうまくしゃべれなくなり引きこもっている。という、何かを抱えた人ばかり出てきます。そういう始まりに「S14法」というものが登場し、間をどう埋めていくかなのですが、やられました。

ADHDというものをまわりの人の目で描いている。そしてそういう障がいがあっても普段はちょっと変わった性格の子とか落ち着きのない子、TPOを気にしない子くらいにしか見えない。最初に出てくる施設の職員は「愛だけではどうにもならない」と言っていて、自分もそう思う。愛というほどでもなく、友達とか味方でいたいのに積み重なってくると難しくなる。「母の愛」には幻想や呪縛がが多分にまじっているのかもしれない。愛(献身)だけの問題ではない。これは障がいのある親子の話ですが、シチュエーションを変えたら結構ありうる話。

スティーブはダンスが上手な子の設定で、ADHDで、この役の男の子どんだけ才能豊かなんだろうって思いました。自分は演技の良し悪しがわかる方でないし、洋画にダメな人っていないと思うのですが、それでもこの子はすごいなあと思いました。ダイアンもカイラももちろん良くて、ダイアンはケバい系と息子に言われるタイプでキレイな人ですが変な表情もどんどんします。いわゆる変顔とは違いますが、ああそういう演技もあるのだなと。

演じている方たちも良かったですが、映像や演出も良かった。干してあるパンツにさえも意味が書いてあり、どうやら一方通行の愛だと。「Mommy」以外にも登場人物がつけているネックレスそれぞれに意味がありそうです。勉強中のスティーブの前に置かれた、メイプルリーフ型のクッキーにクリームを挟んだ有名なカナダのお菓子が二個置かれていますが‘leaves’っていう暗示なのねと。ワインを水で薄める=態度を和らげる、と後で言うためのシーンとか、カイラを爆笑させて「ダイ、あなたわたしを殺すつもり?」というセリフはフランス語だけど英語にすればkillとかdieとかで、ちょっと強引な感じもしたけど。英語で暗示しているのとわかるのに時間がかかります。登場人物はフランス語を話すカナダの人たちなので、ダイアンとパパは英語ができるけどスティーブは分からない。子供に聞かせたくない話をするとき親たちは英語を使うが、最後は「Shut up!」「**ck off!」と終わってしまうと言う。スティーブはわざとFワードを使う。まあティーンネイジャーだしね。そして。ママに気がある近所のやもめのおじさんとの「Count on me. (まかせとけ)」「I know. (よろしくね)」という会話が気に触るらしい(多分そこは英語で言ってんのかなと)。スティーブは受け入れられないものにとんがりまくっていて(気持ちはわかるよ)、そういうものの象徴がアメリカや英語だったりするらしい。パパはアメリカ人かもしれないし、少なくともアメリカ贔屓で、ママが困っているのになんでお前は死んでんだと。カナダのフランス語、英語という二重の言語環境もうまく使われている気がしました。

映画は「寄り」で見ているのでクライマックスの「正しいか、間違っているか」に集約していますが、現実はもっといろんな角度から見ることができる。選択することに「すべて正解はない」と言える。というかどの選択も間違いではないと思いたい。「どれを選んでもそれは進化」(びじゅチューン「保健室の太陽の塔」より)というフレーズができるまでの裏側に思いが飛びます。

前半、スティーブの何の力もなくて宙ぶらりんでどかへ行きたいのに行けないあの頃の感じを思い出しました。そのシーンで使われていた曲。

Counting Crows 『Colorblind』


そして後のほうで出てくる、スティーブの守られていると感じているシーンの曲。
Oasis『Wonderwall』 
スティーブの気持ちで、あなた(母)は僕を守る魔法の壁だ。今この瞬間にあなた(カイラ)のことを僕以上に理解する人間はいない。言いたいことをうまく言葉にできない。カイラ。彼女のワンダーウォールは夫なのだろうけど静かに守るだけで現実社会に彼女をもどしてあげる力はなさそうだ。
オアシスも映像作品でよく使われていると思うけど、出てくると好きなんだねと、ポイントが上がります。All roads read together winding.




最後はLana Del Ray『Born to die』。


お母さんの若い頃の話みたいな曲です。この曲の流れるエンディング、映画館で見ている気持ちになるのですが、You tubeを見てみるとこの曲の音奥行きがある感じですね。母親の名前のダイ、書類にDie(死)とサインしていました。「足元を見つめて、この先うまく旅を歩き続けられのか」という歌い出し。足元、カラオケ、風にはためく洗濯物、駈け出すエンディングとか、全くトーンの違う作品ですが私の好きなイギリス映画『Twin town』を連想します。『Twin town』にも脇役にダイという人物が出てきて映画で起こる死の暗示になっている。直接の関連はなさそうだけど、社会的弱者とか無力な若者の閉塞感というテーマは同じだしね。グザビエ・ドラン、カンヌで審査員賞をもらったのは25歳。20代前半でこんな話が描けるなんてすごいわ。40代の母親と同世代のカイラ側から描いてあり二人の言外の表現で物語は成り立っているので女優さんの演技力もすごいのだと思うけどね。自分が20代でこれを見ても絶対今よりわからん。kill とかdieとかやや若いなという気もするけど、『Twin town』同様何回も見てだんだん深まる映画でした。

ここのところ仕事が忙しくて、寝る前に何日かに分けて映画を見ています。
妊婦さんと黒ミサの出てくるオカルトサスペンスで有名な巨匠(アメリカに入れない人)の別の作品も見て、前に見てそこそこおもしろかったのに今見るとイマイチでした。アメリカから見たヨーロッパへの憧れを交えた雰囲気は好きです。全部揃えると悪魔が現れ望みが叶う的な話で。サイバーな昨今、悪魔がどうにかできるのだろうかとしか思えなくて。お金とか権力とか叶えてもらうのかなあ。お金は欲しいけど悪魔にもらうほど大層な額を手にしたら重圧もついてきて大変そうだし。謎を解きたい欲求はあるけど主人公にそれほど欲があるように見えないし。妊婦さんが主人公の昔のやつのほうがおもしろかったな。そんなわけで、サイバーテロリストの『Mr. ROBOT』的な話のほうに現実味が感じられ時代は変わったと思ってしまう。生き残っている作品だけど、見ても見なくてもいいなと。

そんなわけで『Mommy』よかったです。

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映画まとめ見感想

更新するのが久しぶり過ぎて、どうしていいかわからない感じです。
最近映画を見ていなかったので、新し目をまとめ見です。一応ネタバレには配慮しています。

『ゴッホ 最期の手紙』
その労力に圧倒されました。ディスクでゆっくり見直したい。時間があればもう一度見に行きたい… アニメ大国クール日本(いまだにしっくりこないぞ私は)もこういうアイディアのアニメを作ればいいのにと思ったけど、165人の画家の参加じゃあ企画から無理そう。ひとつ言うならば、ヴィンセントという名前は、死産(だったような、赤ん坊の時に亡くなった?)兄の名前をその後生まれたゴッホにもつけられたことが親の期待に添えない自分と自己肯定感の薄さの理由にもなっていましたが、本によると「ヴィンセント」も弟の名前の「テオドルス」も昔から一族につけていた名前で身内にたくさんいたそうで。どちらにしても生きていてごめんなさい系の人なのだけど。親が亡くなった兄を想って愛情をあまりかけてもらえなかったというのは分かりやすい説明ではある。まあ、長男につける名前とかいろいろあるのでしょうね。作品をつなぎ合わせ、彼の見たものや人生を浮かび上がらせたのがおもしろかった。シアーシャ・ローナンはせっかくだから、主人公並みにもう少し映像に寄せた絵にして欲しかったな。クリス・オダウドはかろうじてわかりましたが脇役なのでこれくらい「絵寄り」でOK。

こっちはディスクで見たものです。

『私はダニエル・ブレイク』(イギリス)
『たかが世界の終わり』(フランス、カナダ)
『雨の日は君に会えない、晴れの日は君を思う』(アメリカ)
『はじまりへの旅』(アメリカ)

『私はダニエル・ブレイク』(イギリス)
社会派のケン・ローチ監督の作品です。イギリスで政府の福祉切り捨て方針が進んでいることへ抗議しているという予告で見たいと思い、いい映画に違いないけど見るときを選ぶだろうと思いました。ケン・ローチさんは、はるか昔に『レイニング・ストーンズ』という短編でものすごくへこんだ忘れられない方です。まだ学生だったので、大人の辛さとかわかっていない分へこんだのですが、タイトルは石が雨のように降ってくるという意味で、ものすごく不況だった頃のイギリスで娘の堅信礼の白いドレスが買えないので盗みをする若い夫婦の話でした。

今回の『私はダニエル・ブレイク』は60過ぎの男ダニエル・ブレイクが心臓病で医者から働くことを止められているのに審査官に働けると判断されてしまい生活保護を打ち切られ、偶然出会った子連れのホームレスのシングルマザーと助け合う。ストーリーは予告で思っていたのとちょい違うな(記憶があやしいので仕方がない)と思いながら見ました。ダニエルは40年間大工をしていて、妻を亡くなるまで介護していた。子どもはいない。心臓病なので医者から働いてはいけないと言われている。携帯電話は持っているがスマホはなくパソコンも使えない。生活保護受給資格再審査申請やその間の失業手当申請はネットの申請用紙でやらなければならないとかお役所のたらい回し、矛盾してしち面倒臭い手続き、苛立って声を荒げたり皮肉を言って審査官に悪印象を持たれる、警備員につまみ出される主人公の様子が描かれる。それでも図書館に予約をしてネットを使いに行き、隣の若者に操作を教えてもらったりしながら取り組む。健康上、働けないのに職探しをしないと失業保険が下りないので職探しをする。

一方のシングルマザーは18の時子どもを産んだ若い母親で、子どもは二人いる(上の子は小学生)が、雨漏りで子どもが病気になり大家に修理を頼むと逆にアパートを追い出され、2年間ホームレスのシェルターで暮らしていたが窮屈な暮らしに子どもが耐えられなくなり申請してやっと入れてもらったのはロンドンとも母親とも離れたニューカッスルのアパート。福祉事務所で二人は出会い、ダニエルは自分も余裕がないながらもこの家族を助ける。父と娘、祖父と孫のような絆が生まれる。

自分が歳をとった分、出てくるエピソードや設定にうなづけます。ダニエルがとてもキャリアのある手先の器用な大工なのに、年齢のせいだけでなく時代の変化で鉄筋コンクリートの建物ばかりで新しく仕事に就くのが難しい。生活保護受給の審査官も経費削減でアメリカの民間会社の人間で医療知識が乏しい。ダニエルの隣人の若い黒人男性はバッタモノのスニーカーを中国からネットで仕入れてこっそり売っている。いつもダニエルにゴミ出しで怒られているのに、助けてくれたり。シングルマザーの上の子は黒人の血が混ざっているのがわかるので、映画には出てこない助けない父親も隣人のような特に良くも悪くもない普通の若者なんだろうなという気がする。子どもたちもすごくいい子たちで。

フードバンク、配給券、なんとか手当てとか寝室税とか聞きなれない言葉がたくさん出てきます。ヴィクトリア朝は窓税(大きなお屋敷には窓がたくさんあるから)だったらしいですけどね、寝室税なんだそりゃって、もっと金持ちから取れよって(累進制なんだろうけど免除対象が少なそう)思いました。ダニエルがシングルマザーに会った日に渡してあげていた現金が20ポンド、純正スニーカーの値段が120ポンド、ダニエルの電気代の請求が400ポンド弱(大まかに1ポンド150円換算で日本の感覚からすると高い! パソコンとか今の家電がないアパートなのに…寒いから暖房にかかるのかなあ、よくわかりません)、そして家具を売り払ったお金が200ポンド。普通の映画なら、ダニエルはパソコンを使えるようになり、木工の腕を生かして家具を作ってネット販売をする(隣人も手伝ってあげる)、シングルマザー一家も身を寄せみんなめでたしみたいな話になるのかもしれません。

ダニエルは権力のある人にへつらわないが困っている人には手を差し伸べる、と自分のことを書いていました。ほとほと困っているのに不満を口にしてはいけないような風潮、イギリスさえもそうなんだなと。これは私の誤った理想化まじりだけどイギリスの人はよく役人とかに抗議しているイメージ。ダニエルはそういう古い世代で、今のお役人は抗議されることや言い合うことに慣れていない感じ。ダニエルが福祉事務所の外で抗議していた様子に、通行人が喝采し上着を着せてくれ、多分SNSにも広まったのでしょう、そこでスカッとしたのでそれほどへこみませんでした。病気だから働けない、子どもがいるから職が見つからない、仕事の口が少ないから働きたくても働けない、クビになりたくないから助けたくても助けられない、逃げ場のない人につけ込む、どこの国も同じようなもので。Live and let live, 相互扶助の優しさをお互い持たないといけないと真っ直ぐにいい映画だと思いました。この作品、BBCで作っている。ブリグジット背景の自国のことで手いっぱいアピールとは思いたくない。BBCも頑張ってください。

『たかが世界の終わり』
注目のグザビエ・ドランということで気になっていた映画。12年ぶりに帰省した次男を迎える家族の1日の話です。次男は家出して今は舞台脚本家として有名になっている。登場するのは母親、長男、長男の嫁、年の離れた妹と主人公の次男だけで、話のほとんどが家で展開、家出の理由がだんだん明かされ、本当のことを知っていたのは誰かと。でもミステリーではありません。短編小説という感じで家族とアムールだけで一本なのもフランス語圏らしい。キャストが豪華で次男がギャスパー・ウリエル君、今も甘い。長男役のヴァンサン・カッセル、この人がストーリーを引張っている。年の離れた妹がレア・セドゥ。そこを出て行きたいのに出ていけない長男と妹の気持ちで見ました。

『雨の日は君に会えない、晴れの日は君を思う』
妻を交通事故で亡くした男の話です。男は30くらいで、逆玉、妻の父親の投資会社で頑張っていたが突然の妻の死のショックで調子を崩す。自分ではコネ入社と言っていたけど、きっとプレッシャーもあって仕事が出来る男として頑張っていたようで、妻より仕事になっていたことを深く後悔。偶然知り合ったシングルマザーとその息子、義父との関わりなどを通して日常を解体、回復するまでの話。
起承転結はしっかりしていてそれなりにおもしろかったけど、あまり好みではなかった。他人事としてみてみたい絵ではあるけれど、物に当たるのは好きではないので。邦題(劇中には登場する)がメロウなドラマを予想させるけど、原題は『Demoliton(解体)』、こっちの方がしっくりくるし男性が見た方が良さそう。

『はじまりへの旅』
変わり者の父親に森で育てられた子どもたちが初めて街へ行く。原題は『Captain Fantastic』。
その手の話は好きだと思ったのですが、ちょこちょこ引っかかってしまった。

子ども達(6人くらいいる)は学校に通わず、資本主義社会否定の父親が先生になって勉強とサバイバル術や生きる知恵を教えている。チョムスキーやドストエフスキー、文学や物理学や政治の本をたくさん読み、並の子どもよりずっと賢い。母親のことをきっかけに外の世界と関わり、いとこや叔父叔母、祖父母と会い、自分たちのズレを知っていく。やや独善的な父親と描きたかったのかもしれないが、ずれていてズケズケものを言って周りを不快にさせるのはよしとして、こんなに賢いのに、守りが甘いというか… ドラマの展開上仕方ないかもしれないけど、アホな私でもそうしたら家族が壊れてあかんやろと思ってしまうことが所々、あまりお父さんのキャラへの愛が感じられない気がしました。ヒッピーっぽさと現代が入り混じっていて、もしかすると原作は60年代か70年代なのかもしれない。物語の時代設定も10年、20年くらい前かもしれない。資本主義社会に反対なのはまだわかるが毛沢東がどうのはさすがに時代錯誤すぎるんじゃね、どうして更新しないのだろうと、大人の事情?現代生活はサバイバル知識が足りなさすぎるけどそれもまた別の話で、映画に出てくる都会も地球上のごく一部に過ぎない。このお父さんは子どもたちが巣立つことを考えていないんだなと。良くも悪くも親の考えって相当受け継いでしまうので、子どもに選択肢を残すことも大事と思う。

長男は好きな音楽はバッハだったが、クライマックスはガンズ&ローゼズの「Sweet Child O’mine」(1988)。好きな曲なのでいいんだけど。のちに女性シンガーのシェリル・クロウがカバーしていた。原曲はラブソング(でも続かなさそうな二人に感じられるしそいうトーンだから惹かれる)で、「彼女の笑顔を見つめていると子どもの頃を思い出す、そこではすべてが輝く青空のようにすがすがしかった、彼女の顔は僕を特別なところへ連れて行ってくれるがそこに長くいるときっと崩れ落ちて泣きそうになる、彼女は瞳は空のように青いけどいったん曇ると痛みを思い出させる、彼女の髪は子どもの頃に避難したあたたかくて安全な場所を思い出す、そこで早く嵐や雷が去ってくれればいいと祈った」というような詞で、歌っている人のことも連想して、今この瞬間は甘いけど歌われている子ども時代は楽しそうと感じられなかった。歌の中のchildは恋人のことだが、小さい時の母親の暖かさと辛い思い出両方を重ねているよう。どうしてこんな曲を母は歌ったのだろうという気もした(多分教えたのは父親ではないだろう)けど、この映画の母の二面性とも解釈もできるのかなと思った。

期待度の順番は、
『私はダニエル・ブレイク』
『たかが世界の終わり』
『はじまりへの旅』
『雨の日は君に会えない、晴れの日は君を思う』

見終わってからは
『私はダニエル・ブレイク』が1番よかった。
『たかが世界の終わり』(そういう話。)
『雨の日は君に会えない、晴れの日は君を思う』
『はじまりへの旅』が一番最後。


『たかが世界の終わり』、『雨の日は君に会えない、晴れの日は君を思う』は、そういうテーマというかエピソードが入っていて最近多いなあと思うし、大都会じゃないとまだ市民権を得ていないのかとも思う。自分が学生の頃もう結構オープンな感じだと思っていたのにそうでもないんだなあとか。『たかが世界の終わり』はそういう人なのでか「同じ毎日が続いていくだけだ」というセリフが印象的でした。「make a difference」(何かを生み出すとか、何かを成し遂げるとか)じゃないといかんのかのう。

Rock, comic, novels, and miles of films(7) Marvericks

変人、はみ出し者のでてくる話が好きです。

このコーナーは、映像以外の作品と合わせて感想を書くというものです。
今回はヤマザキマリさんのマンガ『Steve Jobs』最終巻が少し前に出た時に書きかけでストップしていましたが、関連をまとめてみました。

『Steve Jobs』(2015)

ジョブズの映画はこれまでにも何本か作られていますが、こちらはダニー・ボイル監督、マイケル・ファスペンダー主演のも。

他のジョブズ映画は見ていませんが、おもしろかったです。伝記本、ヤマザキマリさんのマンガ、TV番組など見ていたので大体はわかります。4幕構成で、ジョブズと娘リサの関係、アップルの人々との関係を絞った構成で描いています。ジョブズ劇場。この方法のいいところはドラマを凝縮できるところ、ややこしい機械をたくさん出さなくて済むところ。

ジョブズを指揮者に例えています。

映画のジョブズを見ていると自分の嫌なところを思い出し、ただの一般人の自分はジョブズのような頑固でわがままな人よりも相棒のウォズみたいな人に憧れます。本当のところ彼のような人は在り難い人なのだと思う。

メイキングでダニー・ボイルは監督という仕事はジョブズのようなもので、時に脅したり操ったりすると。スタッフは従順じゃなくてもいい。(自発的に)新しいことにチャレンジして欲しいと話していました。常に新しいものを望まれるのは厳しいけれど、モチベーションは上がるしやりがいもある。

映画には39回サメの写真を直させられたエピソードが出てきて、言葉でイメージを伝えるのが下手なのかと思いました。多分違うと思いますが、本やマンガではただ「こだわりが凄いからだ」となっていますが、客観性も映画のいいところです。ダニー・ボイル監督は主観的に書いてると言ってましたけどね。

映画のジョブズは、とにかく未来を見る人だったのだと思いました。ウォズがアップルを支えた「Apple Ⅱ」のスタッフに謝辞を言うことに昔からこだわってきて、それも人と人がうまくやっていくのに大事なことなのですが、ジョブズは一度の成功に甘んじ、その後新しいものを生みださない原因になった「Apple Ⅱ」は過去のもので過去のものを讃える必要はないという考えも一貫している。ウォズだけでもジョブズだけでもダメなのだろう。『イミテーションゲーム 天才数学者とエニグマの秘密』のアラン・チューリングも同僚に嫌われていたのですが、仲間の女性の助言を聞き入れ壁を取り除くためにりんご配っていたシーンを思い出しました。ジョブズの中でも、一般的に知られていないコンピュータの父チューリングの写真を使いたいというシーンがあるのですが、あの映画があって、私でもチューリングのお顔を覚えました。

メインテーマで描かれた娘との関係も、この映画では自分が自分を父親として認知できないのだと言っているようでした。でも娘が最初のマッキントッシュで絵を描いた瞬間に自分の娘かどうか関係なく子ども=未来と思ってしまったのだろうな。

1998年の時に出てきたSONYのウォークマンが、誇張しすぎに大きかった(笑)。話の流れとしてはわかりやすいんですけどね。もっと前から私たちもっと小さいものを使っていました。事情があって娘は学費に困っていたのと、父とのつながりを感じたくてか、ものすごく古いものを使い続けていたのかもしれません。

ここから始まった何かに良くも悪くも大きく巻き込まれている。
Macができて今の仕事ができている。



『Steve Jobs』(全6巻) ヤマザキマリ

機械を描くのが大変と書かれていましたが、資料を集めないといけないから大変。そして時代の空気を知っていないとダメだろうなという気がします。

マンガと本では娘をジョブズが認知しなかった理由がピンときていなかったのですが、映画のフィードバックで理解が深まりました。

ヤマザキさんの作品では、ウォズのお父さんが優秀なアメフトの選手だったこととエンジニアだったことが描かれています。ウォズ自身は高校ではみだして得意の機械いじりでいたずらをしかけ少年院に入れられるというエピソードもあるくらいの人なので、チームプレーはお父さんの影響というのは短絡かもしれませんが成果を「シェアする」という初期のコンピュータ畑の人のスピリットを大切にしています。

一度Appleを追放されてしまったジョブズですが、学生時代『リア王』を読んでいるエピソードが出てきます。

映画と違って、iPodは大好きなボブ・ディランの全曲をコンパクトにそばに置いておきたかった執念の産物という描き方でした。最初のiMacが完成したあたりは泣けますね…。功罪両方を普段考えている自分ですが。ジョブズは死の少し前に伝記を依頼していた経緯が描かれていて、ジョブズ、死後の神格化の演出まで考えていたんだなあと思ってしまった。




『87 Clockers』(全9巻)二ノ宮知子

これはこれで全く単独で読んでいたのですが、パソコン関連のお話。
「オーバークロック」とはパソコンの動作スピードを競う競技で、これまでわりと周りにパソコンを開けて修理するのが好きな人がいたのでおもしろかった。ビデオカードとかCPUとか門前の小僧にはわりと馴染みのある言葉で。ちょっとマニアックな世界ですが、パソコンのことを理解しなくても変人っぷりを楽しめばそれでいいと思います。いっけん無駄なことも夢中になっやっていいんだと自分を納得させられる、パワーをもらえる作品です。

仕事中に急いでいるのにMacが働きすぎで動いてくれない時、自分もオーバークロッカーのようにオニになっているなあと心の中で自重。

パソコンの敵は熱。
そのため競技に使うパソコンはむき出しの状態のものも出てきますが、ヤマザキマリさんのマンガの中のウォズとジョブズがガレージ時代に作っていた初期のコンピュータと同じ形なのがおおと思ったポイントです。



『MR. ROBOT』(2015)

前から気になっていたアメリカのドラマ。
ハッカー集団の話です。コンピュータ社会の功罪の’罪’の方を描いています。MacのCMがジョージ・オーウェル「1984年」のディストピア破壊だったはずなのになと。

10話なのでけっこうタイトで自分的にはちょうどいい長さでした。おおざぱっに言うと『SHERLOCK』と『The Amazing Spiderman』、『Simple Simon』、『The fifth estate』、『SNOWDEN』あたりの感じ。

主人公エリオットはNYのコンピューターセキュリティ会社に勤務する人嫌いのコンピューターギークの青年。悪魔コープ社(Evel corp)の出した有害物質が原因で父親を幼い時に白血病で亡くし、労災が立証されないまま。同僚で幼なじみのアンジェラ(天使ちゃん)の母も公害で同様に亡くなっていた。二人の勤務するコンピューターセキュリティ会社オールセーフ社は巨大コングロマリット・悪魔コープ社をメインクライアントとしていた。

エリオットは、触られるのが嫌いでイレギュラーが嫌いでいつも同じ服装をしている。いつも驚いて目を見張っている感じに目の大きい俳優さんが演じていて、アスペルガーの青年が主人公のスウェーデン映画『Simple Simon』のシモン(最近話題のスカルスガルドくん)を連想するなと思っていたら、悪魔コープ社の若年暫定CTOのタイレル(『ブレード・ランナー』リスペクトだね〜)をシモンの兄役の俳優マルティン・ヴァルストロムが演じていました。端正な顔立ちで壊れた人役がうまい。エリオットは子どもの頃、父に詫びてハグしたら突き飛ばされたことがあったそうで、父ももしかしたらアスペルガーなのかもしれません。ハッカーの1人がクリスチャン・スレーターで役柄は予想通りでした。

最初エリオットは、ひとりでこっそり身近な人の情報をハッキングして守っている。
カウンセラーの女性が素性を隠した既婚の浮気男とつきあっているのでこっそり相手を脅したり、犯罪者を脅したり匿名告発したりをちょこちょこしている。そういう他人の秘密が見えてしまい薬物依存もあるところはシャーロック、小さな人助けは最初の頃のスパイダーマンのピーター・パーカー君、「悪魔コープ社」というのがスパイダーマンのオズコープ社を連想しました。エリオットは黒いパーカーのフードを被っていることが多いですが、『The Amazing Spiderman』でもピーターがそうしているのがありました。EvelのEがロゴマークとして使われていますが、Eメール、Eコマース、EマネーなどのEが全て悪みたいに思わせます。なんとなくサイバー版スパーイダーマンみたいな印象でした。

世界観は暗いです。極端な金持ちと学位を得るために多額の学生ローンを抱える若者や移民、スティーブ・ジョブズは低賃金の外国で搾取して生産したものでもうけたのに崇め過ぎという批判、お代はSNSの「いいね」20個でと自作CDを配る路上ミュージシャンとか(ただの味付けの人ですが)、巨大企業と無力な個人の戦いとか、そんな感じです。

世直し、革命を起こそうとするハッカー集団が出てきます。ウィキリークスの『The fifth estate』、元CIAの内部告発を扱った『SNOWDEN』。WEB上に溢れたありとあらゆる情報、もしそれをなくしたら。債務が消える、インフラもストップする。それで世界は変えられるのか。リーマン・ショックや、デフォルト危機なども連想させ、現実にくすぶる不満を描いています。

MR. ROBOTはSTYXの「ドモアリガット、ミスターロボット」というヒット曲を連想します。
そしてエピローグは、ハープを弾く女性のいる高級店のシーンでローマ帝国のネロのくだり。『もうひとりのシェイクスピア』(原題はANONYMOUS=アノニマス=匿名)では破産寸前のオックスフォード伯エドワードはローマ帝国の崩壊の時もネロはハープを弾いているだけで何もしなかったと言っていました。おもしろいのはおもしろいけど、ちょっとつらい世界でした。S2に続きます。



Always look on the bright side of life.
(いつも人生のいい面を見るようにしよう)
モンティ・パイソン

なんでか、この言葉を思い出しました。

Rhys Filmarathon / Talented little liars (才能あふれる嘘つき)

『ジャニスのOL日記』(原題 Janice Beard 45wpm  1999)

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今回かなり古いショートフィルムです。
ジャニス・ベアードという女の子が主人公です。リス・エヴァンスは主人公の相手役らしくDVDジャケットが楽しそうで、めったにないリスさん若い頃のラブコメっぽいので、できたら見たいと思っていましたが日本版DVDがなく、UK版で見ました。
UK版、せめて英語字幕くらいあるだろうと思ったら、ない。英語だからまあなんとかわかるだろうと思ったら甘かった。ジャニスがスコットランドなまりで、リスさんもウェールズなまりなのかゴニョゴニョ言っていることが多い。どちらも地方出身者の設定なのだろう。

ベアードは「あごひげ」の意味なので、予想では男勝りの仕事人間のジャニスが、郵便室で働く青年(そこは知っていた)に恋して、青年も燻らせていた才能を認められて会社で昇進するめでたしめでたし的な話だと思っていました。パッツィー・ケンジット(エイスワンダーのヴォーカルだった、女優、元OASISのリアム・ギャラガーの奥さん)も写っていて、いけてる美女のライバル役と思っていました。

JaniceBeard_45wpm_s.png



リスさんがそんなに素直なラブコメををやるはずもなく。
USドラマ『アグリー・ベティ』のようなダサい女の子が活躍する話でした。以下ややネタバレしますが、細かいところは不明です。

ジャニス(アイリーン・ウォルシュ)は生まれた時にお父さんが亡くなり、以来ウツで引きこもりの母を楽しませる努力をしてきた(主に作り話で)。23歳のジャニスは治療費を稼ぐためスコットランドからロンドンへ働きに出る。タイトルについてる「45wpm」というのは”45 words per minute”(1分間に45語タイプ)という意味で、タイピングが遅く職が見つからない。オープニングのキャストのクレジットが校正記号でどんどん訂正されていくのでおもしろい。

ジャニスは大切にしていた南米の民芸品を生活費の足しにするため、蚤の市に売りに行く。ネックだけリュックからのぞいていてギターにしては小さいしと思ったらチャランゴ(アルマジロを使った南米の弦楽器)だと思われます。

民芸品も売れず職も見つからず困っていたところを幼なじみのヴァイオレットに出会い、彼女の働く自動車会社の臨時職員になる。その会社は新車発表会を間近に控えて慌ただしくしていた。ジャニスはいつもハンディカムを持ち歩き、母に見せるために嘘満載のビデオを撮影していたが、初出社の日にデスクの上の設計図を映して怒られる。ジュリア(パッツィー・ケンジット)は、スマートなスーツで決めてできる女演出が激しい、ジャニスの部署の女子職員のまとめ役。郵便室で働くショーン(リス・エヴァンス)が来るとジャニスの頭の中に音楽がなっちゃうんです。ショーンはやっぱり寝癖つきですが、親しみやすいイケメンで社食では女子社員が周りを囲んじゃう人です。固くなった中華麺みたいなスパゲティ(パスタじゃない)がものすごくまずそう。ショーンはジャニスが社内でビデオを撮っていたことから彼女に興味を持ちデートします。自分はロンドンっ子で音楽家の両親を持つボンボンだと嘘をつきますが、ジャニスもそういう嘘は大得意。ショーンに裏があるのは最初から見せていて、利用するために近づいたものの、ジャニスが気になる。二人とも作り話がうまいとか、鼻の穴を動かせるとか、寝癖とか、実は似た者同士。

独特の服装のジャニスは周りの女性社員に溶け込めませんでしたが、実はセンスがいいことがわかりだんだん人気者になっていきます。幼なじみのヴァイオレットも裏切られたような気分だし、いけてる女子社員ジュリアも、実は努力で今の立場を築いてきたから奪わないでほしいとジャニスの前で泣き、二人は打ち解けます。そして新車発表会の日に事件が起こり巻き込まれたジャニスは解決し、それをきっかけにお母さんの引きこもりも治り、紫しか着られなかったヴァイオレットもジャニスのおかげで呪縛が解け(セリフが分からないので事情が分からない)、ジャニスは最後に大嘘を放ち、それで彼女は成功するかもしれません。世の中そんなに甘くないのがUK映画かもしれないけど。ショーンは結局ジャニスに惚れましたが、彼女は彼の手は取りません。まあ悪い人だったし。ベアードは心臓に毛が生えているみたいな度胸のいい嘘つきということ?

そういうエンディングなのも、これも女性による女性のための映画だったからで、『悪女』、『ナニー・マクフィー』とリスさん映画では3本目。地方出身者とか格差が背景にあるみたい。でも楽しい映画でした。20年近く前の映画なので今と比べるとどうかわかりませんが、いけてるジュリアも自己演出がうまいだけで実態はお茶汲みを言いつけられたり、ジャニスはOLらしい服装をするように他の女子社員に言われスーツの載った◯ッセンみたいなカタログ回されたり、トイレ会談や給湯室トークや、日本みたいと思いました。

あまり英語がわからないのに、
A「私髪ショートにしようかしら」
ジャニス「やめたほうがいいと思う」
A「そうね、顔が丸すぎるもんね」
ジャニス「ホント △◯×◎□△◯×◎」(口が滑った感じ)
A「……」
ジャニス「あ、そういう意味じゃないから」
っていうのが不思議に伝わる。

そしてリスさん、いい雰囲気のシーンもあるのに、やっぱりただの好青年ではありませんでした。みんなでサルサを習っているシーンでは、巻き込まれたリスさんはダンスしながら背中にあるものを隠すコミカルな動きがこの人らしい。完全な悪人になりきれない役柄も良かったです。クライマックス、車が飛び込んでくるシーンは低予算映画ながら映像も頑張っています。引きこもりだったお母さんが、ジャニスの共犯と疑われてロンドンに連れて行かれるシーンで、美しい木立に思わず笑顔になるところも好き。以前紹介したリスさん映画『ギャング in UK』と同じ頃なのと気楽に楽しめるコメディの雰囲気が似ています。

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image from amazon


この作品の日本版ポスターは「のだめ」の二ノ宮知子さんのイラストで女の子二人だけのもの。
リスさんでミスリードするUK版のポスターとはちょっと違い女の子が活躍する話として公開されたのかなと思います。DVDには「73%の社内恋愛は悲惨な最後をとげる、これもそんな話」とキャッチコピーが書いてありました。

Rhys filmarathon/ Christmas Carol

まだ暑いのにもうクリスマスか、とお思いでしょうが、少し前に発表されましたが、リスさんは今年はオールド・ヴィク劇場で『クリスマス・キャロル』のスクルージをやるんです。

去年は秋の終わり頃に同じオールド・ヴィクで『キング・リア』に出演、道化役でした。『キング・リア』は現代版なのか衣装がスーパーマンのロゴ入りガウンでした。リア王役はグレンダ・ジャクソンさんという女優さん。wikiによると現在81歳、女優から労働党の政治家になり運輸大臣を務めたこともある方のようです、同一人物か自信がないですが、お顔が似ています。

オールド・ヴィク
こちらのサイトのレビューにも、80歳だけど彼女は素晴らしい、と書いてありますね。
wiki グレンダ・ジャクソン

リスさんは女性監督の作品に3本も出ているし、リスさんマラソンをするまではそういうことも知らなかったので意外でした。
最近は「ブレグジット撤回せよ(CANCEL BREXIT)」Tシャツで写っていたり(Instagram @lahamnett デザイナーのキャサリン・ハムネットさんが行っている運動、少し前に市内でデモもされたようです、シェルターcymruというウェールズのホームレスシェルターのアンバサダーをされたり、今年3月ごろ難民の子どもに適職や生活や教育をというデモにもトビー・ジョーンズさんやジョエリー・リチャードソンさんと参加していました。ごく最近の話題ではウェールズの地元のパブが閉店しそうなので新しい出資者求むという広報活動もされていました。パブの話は、ニック・フロストとサイモン・ペグの映画『ワールズ・エンド』でも故郷に帰ったらチェーン店のパブばかりになっていたとか、TV番組でも大勢の町民が出資して維持しているパブが出ていましたし、そういう時代なのかなと思いました。他にもウェールズ語を残す活動もされています。出演作の映画『アンダー・ミルクウッド』(ウェールズの詩人ディラン・トマス作)も英国の映画賞を取っていましたが「外国語部門」なのに驚きました。同じ国じゃないのって、連合王国なのにさ。でも本当にウェールズ語は全く違います。

いろんなことをされているようで、いろいろ織り交ぜたのがリスさんと思います。過去のインタビューによると40過ぎてから車の免許を取ったそうですが、その時の有名人御用達のドライビングスクールの先生が「一番おもろい生徒だった」とFBに投稿しているのをファンサイトの方が発見していました。

さて『クリスマス・キャロル』ですが、おじいさん路線だあと思ったのですがニュー・エディションと書いてあるので、原作そのままではないようです。またヴィジュアルが20年くらい前のすごくいい写真使っていてちょっとずるいなと思いました。ディケンズの『クリスマス・キャロル』はけちんぼのスクルージが3人の幽霊に脅されて改心する話というくらいしか知らないので読んでみました。新潮文庫は村岡花子さんの訳で、ホームズの延原謙さんの訳のように現代に合わせて少し改変されていますが、ユーモラスですぐ読めました。やっぱりキャラがリスさんにはまる気がして、リスさんの声で脳内再生して読めました(ちょっと危ないやつかもしれない)。リスさんは日本語喋るわけはないのですが。

スクルージは金貸で共同経営者が数年前に亡くなり一人きりの雇用者に厳しくするばかりで、クリスマスの寄付を募る男にも、私は税金をたっぷり払っているし困っている人は税金で運営する救貧院に行けばいいと寄付を断る男です。そんなスクルージの元へ過去、現在、未来を見せる幽霊が3人順番にやって来ます。幽霊がやってくる前、ドアの取っ手が亡くなった共同経営者の顔に見えるのなど軽いホラー表現、ディズニーの喋るカップや動く燭台などに慣れているのでそんな感じに想像できますが、さて舞台の上ではどう演出するのだろう。そしてディケンズは19世紀前半の人だけどそういう想像をしていたのだなあと。原作を読んでみて初めて知ったのが、スクルージには若い頃に恋人がいたこと。でも仕事にのめり込むスクルージのために、彼女は持参金付きの嫁をもらうべきだと思って身を引いたそうです。そういう若い時代も演じるのかなあと、見に行けるはずもないのに色々妄想。元恋人の夫がクリスマス前に一人で事務所にいるスクルージさんを見たよ、寂しそうだねと妻に話しています。そのもっと昔のスクルージが丁稚だった時代、店の主人は今のスクルージよりもずっと優しい人でしたが、スクルージと他の丁稚は「仕事が終わると帳場の下の寝床に潜り込む」と書いてあって、地下なのか、どんな状態か構造か想像もつかないです。

スクルージの身寄りは甥の家族がいるだけで、彼らにも長い間会っていない。3人の幽霊に、雇用者一家が貧しいながらも家族で楽しく過ごしている様子や「あんたそんなじゃろくな死に方はしないヨ」という未来を見せられてスクルージは改心します。昔の小説で子どもも読めるものだからか、私の感覚ではスクルージの改心がとても素直に思え、もっと頑固者を強調したくなりました。原作の時代には変わり者だった人が、現代にはとてもたくさんいる気がします。

Rhys Ifans in the Campaign film of Smythson

Smythson(スマイソン)秋冬キャンペーンのフィルムにリスさん登場です。
非日常への旅ということで、とても素敵なフィルムです。

Where is the palace?

↓↓↓Smythson HP(リンクははっていません。)
https://jp.smythson.com



Rhys filmarathon / SPIDER-MAN and Peter Pan

スパイダーマンホームカミング」おもしろかった。
ELEMENTARY」のマイクロフト役のリスさん好きから「アメイジングスパイダーマン」を見て、アメコミみたいな絵が描きたくなりよりぬきコミックを買ってみると、アメスパは原作に沿ったお話でした。悪役コナーズ博士の細かい設定もわかりました。

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今回の「スパイダーマンホームカミング」はアヴェンジャーズなどのヒーローものとからめた新しいシリーズで、ピーターが子どもだというところがおもしろかった。トム・ホランドのスパイダーマンに比べるとアンドリュー・ガーフィールドはすごくしっかりしているし、秀才として描かれていました。もう一つ前のスパイダーマンは、あまり覚えていないけど、わりと普通の高校生だった気がします。

キーワードは「忍耐」。企業で働くか一匹狼でいくかみたいなね。忍耐が足りない時ってピーターくんみたいなもんなのかなあ、と思ってちょっと息苦しかったです。まあ、私のヒーローは、ギャヴィン・カヴァナ(『パイレーツ・ロック』でリス・エヴァンスが演じた)、「Are you breaking laws? Are you breaking rules?」というDJです。法をおかしたいわけではありませんが、自分は真面目なのでこういう適当な人になったら楽しそうだなと思います。キャストも楽しく、バットマン→バードマン→翼男とか、ジョン・ファブロウ&ロバート・ダウニーJr.は私にとっては「シェフ」。「バードマン」も「シェフ」もどちらも好きなので。ドラマ「ベター・コール・ソウル」の悪役マイケル・マンドゥも出てきたし、学力大会のメンバーは「グランドブダペストホテル」のゼロ。

アメスパでは、ピーターはGFのグエンの部屋の窓から彼女を連れて夜空を飛ぶ場面が描かれていてピーター・パンしています。映画でよく使われる表現だと思っていました。しかし原作コミックにピーターがずっと大人になった時、もうヒーローに憧れた子ども時代は終わりにしなくてはとスーツを捨てている場面があるのです。空を飛び敵と戦う子どもと大人という対立概念こそピーター・パンです。そう考えると、自分で実験して右腕を失った隻腕のカート・コナーズはフック船長でスパイダーマンの敵役にふさわしく、フックを演じたリスさんにぴったりです。

「スパイダーマンホームカミング」は全く違う描き方でおもしろかったけど、ビルの瓦礫に埋まるのは原作だなと思い、GFとお父さんはアメスパだなと思いました。「スパイダーマンホームカミング」のエンディングのイラストがかわいく子どものスパイダーマンにぴったりでした。アメコミみたいな絵はまた挑戦したいです。

Rock, comic, novels, and miles of films(6) 薦めていただいた作品5 カサゴだっていいじゃない

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SHERLOCK/メアリ(4)最後の挨拶

これまでも長々とメアリのイメージを読み取ろうとしていたけれど、やっと「最後の挨拶」にたどり着きました。読んでみるとそういうことかとわかります。

この話はホームズシリーズの最終話で、第一次大戦中ホームズが敵国ドイツのスパイを出し抜く胸のすく話。作者ドイル先生が激化する戦況を憂い、前作からだいぶ間が空いていたのにわざわざホームズに解決させるために書いたものだそうです。

アメリカ人のアクセントもかすかにあるメアリ、私は生まれはアメリカで過去を捨ててイギリスに渡ってきた人だと思っていましたが、ロザムンド(これは本名ですよね?)というイギリス人らしい名前とE1でエイジェイを巻くために逃亡していた飛行機のシーンでアメリカ人女性の振りをするのが、「最後の挨拶」だと思いました。詳しくは読んでみてください。

少しだけコベントリーの悲劇を思わせるドイツ人スパイの失敗談(英国はこの逆をやっていた)や、S3の時に色々なネッ友の方と話させて頂いた時懸念されたシャーロックのスパイ化問題に、私はわけもわからず「最後の挨拶」という原作があると反論しました、また別の方のメアリの登場によりシャーロックが物語から追い出されているようだというご指摘(とても鋭いですね)、本来ホームズがやった役をメアリにさせている、全部ここに向かって流れていたのだなと思いました。

S4E1の飛行機もボンドエアーやS4E3の飛行機に乗った少女に呼応しています。S4は今まで通りの原作のエピソードとさらにシャーロックたちが通過してきた過去に襲われる構成になっている過去エピソードやモチーフが違う形で埋め込まれている複雑なストーリーなので、シナリオを書くにも制約があったと思います。一見穴や矛盾がたくさんあるようですが、当たり前だけどセリフにはきちんと意味があり、作者のやろうとしていることのための必然性がある本当によくできた作品だと思います。もちろん自分はただの読者、視聴者なのでそのようにしか見られませんが。名付けにしても「シャーロックとつけろよ」というのを、S4での3人が内輪ネタにして笑い、S3とうってかわった弛緩した雰囲気が好きだし、洗礼シーンには「ロザムンド」がわかるとそ同時にまた別の意味があると勝手に思っています。

最後に飛行機でアメリカ人のふりをしていたメアリ、あけすけで品のない感じが『ダウントン・アビー』の、アメリカ出身のクローリー伯爵の妻コーラの母親(シャーリー・マクレーン)のようでした。「誰がイギリスから太陽を隠したの?戦争中に盗られちゃったの?」というセリフも「最後の挨拶」に呼応していながら、第二次大戦戦勝国の英国のたどってきた歴史との皮肉が効いた英国人の自虐になっていておもしろいので比べてみてください。

映画『聖トリニアンズ女学院』

『聖トリニアンズ女学院』(2007)



学園コメディです。
ルパート・エヴァレットとコリン・ファースが共演しているので前から気になっていたのですが、とっってもバカバカしいコメディが見たいときにいいです。女性陣がボンドガールだったジェンマ・アタートン、タルラ・ライリー、ジュノー・テンプルちゃんと、この世代の女優さんはクリスティものや映画でよく見るので好きです。他にもスティーブ・フライとかトビー・ジョーンズと豪華です。学園長がルパート・エヴァレット、悪の巣窟の学園を潰そうと敵対する文部大臣をコリン・ファースが演じていて過去作品『アナザー・カントリー』や『高慢と偏見』などをネタにしていました。何十年経ってもネタになるのがおもしろい。映画では学園長の姿をスルーしていて、深読みしたくなりました。漫画原作で過去にも映画が作られているそうで最初のは1954年なんだそうですよ。このメンバーでは2もありますが未視聴です。

SHERLOCK S4/メアリ(3)殺し屋とガーディアン

メアリについてもう少し書きたくなりました。
S4E2でアイリーンからメールが来て彼女のことがシャーロックとジョンの話題にのぼります。このシーンでアイリーンとメアリが犯罪者同士で呼応していて、犯罪マニアのシャーロックとスリルジャンキーのジョンにふさわしい。

(1)有名なメアリ
メアリは、二人のことを許し先に進ませる人物なので、S3E1でシャーロックがスキャンした時に出てきた「Guardian」、メアリと爆弾犯という記事では新聞のガーディアンの意味を取りましたが、守護者も含むダブルミーニングなのだと思います。Maryという名前は単純に考えて聖母マリア様。関係あるかわかりませんが、S3E2の私は誰でしょうゲームの時「madonna(聖母)」というキーワードが出ており、この時はジョンのことを指していると言われていました。

前回骸骨について考えた時、もう一人のマリア、骸骨と一緒に描かれるマリア・マグダレーナ(Mary of Magdala リンクから絵が見られます)を連想しました。聖書に疎いのですが、この人も重要人物でダ・ヴィンチの「最後の晩餐」ではキリスト様の隣に描かれていて、娼婦だったのがキリストによって悔い改めた人です。過去を改めるという意味でも罪深く振り幅の大きい職業殺人者にしたのではないでしょうか。またマリア・マグダレーナはキリストの子を産んだという説もあるので、聖母マリアとともに出産エピソードも合います。

ちなみに作者ドイル先生の母上の名前がメアリだったので作品にメアリが何人も登場しています。


※この話に宗教イメージはいるのかと思いながら書きました。名前の意味にもこだわっているのは感じているので書いておきます。

(2)家庭教師について考えてみる
原作の中では、メアリ・モースタンは寄宿学校在学中に、インドに駐留していた軍人の父親が行方不明になり、その後住込家庭教師をしていました。母は亡くなっているらしいのでドラマの中で孤児設定なのにもうなずけます。以前家庭教師と殺し屋の心もとなさが似ていると書きましたが、まとめて書きます。

ドイル先生の原作『四つの署名』でも、メアリの父の友人だった軍人ショルトーはインドからひと財産持って帰ってきた人でした。あの時代そういう人が原作の中にはけっこう出てきます。そして孤児のメアリは苦労人だと思います。雇い主が優しい婦人で気に入られていたので良かったけど。

『100回読んでもまだ面白いシャーロックホームズ 大人の楽しみ方』諸兄邦香 2006年 P44~45
当時家庭教師のことをこのように書いてあります。「彼女たちは上流または中流階級の出身で不自由なく育ち、しかるべき教養を備えたのだが、結婚前に家運が傾き、働かなければならなくなってしまったのだ。いわゆる「零落した紳士」の娘でメイドではないという誇りを持ちながらも、実態は住み込みの雇われ人だった。年棒は40ポンドから50ポンド(96〜120万円 この本では1ポンド=24,000円)。当時、2万人強の家庭教師がいたそうだ。」ワトソンはメアリが優しい主人に仕えていたので安心したことも書かれています。
家庭教師は身なりも整えないといけないので大変だろうと思います。この本によると、ドイルは決して作品に出さなかったがというただし書つきで、女性の職業では、当時は身売りしていた人が一番多く16人に1人だったそうです。ちなみに当時軍隊は下士官や兵隊は結婚が禁止だったそうです。

家庭教師も子どもが大きくなれば寄宿学校に行くので用済みになり、結婚相手を見つけるか次の雇い主を見つけないといけないし、見つからなければ身売りする場合もあるとどこかで読んだような気がします。クリスティのドラマ版『そして誰もいなくなった』(チャールズ・ダンスさんが判事役のもの)では、家庭教師の女性が財産と恋人のために教え子を殺したことが、手の焼ける子ではなかったのになと感情移入できませんでしたが、もう小さい子ではなかったので暇を出される日も近かったのかもしれません。

この前から書いている映画『悪女』から家庭教師と軍人は大変だという話を書きます。以下長いのでこの先の(3)まで飛ばしても大丈夫です。

映画『悪女』はサッカレーの『虚栄の市』の映画化で、女性監督によって描かれています。調べて見るとナポレオン戦争の時代(1803年–1815年)なのでホームズよりは7、80年前でイコールではないですが参考までに。
関連記事:Rhys filmarathon/リースと悪女

主人公は孤児なので寄宿学校ではメイド兼生徒で教師の扱いがひどく、卒業後家庭教師になります。雇い主の家に行く前に滞在したお金持ちの親友宅から乗合馬車で出発するのですが、その日は雨でお金がないので馬車の屋根のある部分には乗れず外に座って行きます。見かねた親友が差額を出すと申し出たのですが断ります。雇い主の準男爵の屋敷は田舎で(多分領地にあるマナーハウスと思われる)、着いたときには髪はボサボサ、ぬかるみの中に放り出されたトランクを引きずりドレスの裾も泥にまみれて、ひどいなりで主人に会います。主人は田舎者で気さくな人だったので良かったですが普通なら蔑まれそうな場面です。夜主人公が自室でもう寝ようかなとくつろいでいると、主人が勝手に入ってきてもう消灯だと言って出て行く。そんな人ばかりじゃないだろうけど他人の家というのは大変。また親友の婚約者に会った時、この人は富豪の息子で主人公に気がありながらも、いくら美人でも孤児の家庭教師を妻には絶対できないと蔑みます。社会的地位はそんな感じです。

その後、主人公は雇い主の軍人の次男と結婚します。彼は爵位と財産を持つ伯母の相続人でしたが主人公との結婚で勘当されます。財産がないので、戦地にいない時は多分お給料がほぼなさそうでカード賭博で稼いでいました。召集がかかり戦地のブリュッセルに妻も同行、戦勝祈願パーティ(最高に着飾っていて、緊張感なくとてものんきに見えます)の最中に出撃命令がかかり、妻に自分が死んだ時の当面の暮らしの立て方の指示をして出て行きます。夫はパーティ中も妻のためにカード賭博で稼いでいて、その他も新しい制服と馬は置いていくから売れと。親友の方も婚約者の軍人と結婚したのですが、こちらは夫が戦死して、実家は破産しているし夫の実家には勘当されているので、その後両親と貧乏暮らししながら子どもを育てます。軍人はもともと財産があるか、軍功を立てるか、海外赴任で稼ぐかしないと大変そうです。

この映画は主人公がとても明るく強く辛気臭くないのでおもしろく見られました。時代背景は結構忠実に描いているということでした。まあ、現代的かもと思うところもありましたが、経済状況が詳しくおもしろかったです。

2004年、ミーラー・ナーイル監督
リース・ウィザースプーン主演『悪女』

(3)死んでいた子ども
S3E3で自分の素性を明かす時、同じ年頃の死んだ子の墓からメアリ・モースタンという名前をとったと言っています。映画『ジャッカルの日』に出てくる殺し屋の男が偽の身分を手に入れるのにメアリと同じように生まれの近い子の墓石を見つけて出生証明書をとった(死んでいるのにもらえるものなのか不思議でした)と言っていました。

方法はさておき、シャーロックとジョンはモルグで出会った時死んでいた(比喩です)と書きましたが、メアリも過去を捨てて一度死んだ人。メアリに出会ってジョンもシャーロックを失って死んだみたいだったのがちょっと生き返っているのですよね。「Many happy returns」でジョンはまだ半分死んでいます。

「Many happy returns」、そういえばシャーロックが自分の誕生パーティに欠席したからビデオレターが残っていたという話では… S4E2でアイリーンからメールが来て誕生日が分かったと思ったのになんでだろう。まああのシチュエーションは再生した二個目の誕生日と言っていいけれど。ここでもビデオレターが出てきたのですよね。つくづくすごい構造だと思います。

いろいろ書いてきましたが、メアリは女性とか関係なく危険な仕事を夢中でしてきたけど(この人もアドレナリンジャンキーだと思います)ふと気がつくと、あれ、となったのだと思います。そんなわけであの突入で一人生き残ったのもチャンスと思ったのではないかと。出産にはラストチャンスな感じだし、マグヌセンの手を払いのけるには妊娠は足枷。仕事だけでいいと思っていても何を得てきたのだろうと虚しくなる時もあるし、平穏な暮らしに移れば忙しい日々が懐かしくなる。今は仕事か家庭かという時代ではないけれど、両方取ってももっと大変で難しい、そういう現代の女性を描いていると思います。ゲイティス&アマンダさんコンビで名探偵ポワロ「鳩の中の猫」を見たことがありますが、彼女は容疑者なのにちょっとお茶目な人で、メアリはアマンダさんの持ち味で宛て書きの部分もあるかと思います。彼女だからこういうメアリにできたのだと思います。

小ネタですが『忌まわしき花嫁』でメアリは乗馬服を着ていましたが、S4でバイクに乗っていたのが嬉しくなりました。ほらバイクはSteel horse(鋼鉄の馬)と言うし。飛行機でアメリカ人女性の振りをしていましたが、ロザムンドという名前から推測して実はメアリはイギリス人でしたという種明かしのシーンだと思います、多分。もう一つ、メアリはマイクロフトがつけた監視役疑惑がありました。S4を見るとどっちだろうという感じですが、彼女はS3でnurse(看護師)と言われていましたがnurseには子守の意味もありguardianにも監視者の意味があります。

SHERLOCK S1E1/シャーロックとジョン、モルグで出会う

ネッ友の方が、同じものを見ているはずなのにまるで使っている望遠鏡が違うのかピント合わせが違うのか見えているものが違うようですね、とおっしゃっていて言いえていると思いました。私のチューニングはS4E2(HOMEという記事でうっすら書きました)です。ずっとこの結末に向かってストーリーは進んできたのだなと思いました。そこが受け入れられる人、受け入れられない人で受けとめ方も違うのですが、私はおもしろいと確信しました(が、すぐひよる自分…)。採点ポイントがそれぞれ違うので仕方がないし、いろいろな考えを知るのはおもしろいです。別のネッ友の方が、西欧では自殺は忌避ですとご教示下さいまして、前回書いたことはいつ死んでもいいとか死のうが生きようが構わないとかそういう気分を含んでいますと追加です。S3E3は第二のライヘンバッハだと思うのですが、もう少し考えるので、今回はS4E2と離れたところを書きます。こんなヘボ記事にネッ友と書かせていただくのが申し訳なくて控えていましたが、書きます(ご迷惑かもしれませんが)。S4の初めの方に書いた記事はずれているし核心をついていないと思うので、ぼちぼち手を入れていきます(- -;) ネッ友の方の記事を拝読して、お互いの描く骨格はだいたい近付いたけど肉付けの解釈が違うので、自分まだぶれているんだろうなとか、性格の一貫性とか敏感じゃないしストーリーの進行で変化もあるということにしているので結論は保留です。

杖と傘、ジョンとマイクロフト
ジョンがマイクロフトと初めて会ったところが見たくて「A study in pink」を見直してみました。
「昨日出会った二人が一緒に捜査を始めて、週末にはおめでたい報告(happy anouncement)が聞けるかも」と皮肉を言われていたなと。この時のジョンはPTSDで足が悪く杖をついていました。初登場のマイクロフトは傘をついて片足をちょっと後ろに組んだ鶴のような(正確には違うけど)独特のポーズで立っていました。杖と傘、片足が対になったシーンで鏡に映った二人のようです(左右は違うけど)。さながらシャーロックを間に二人が対決しているようです。

ユニオンジャックとビリー・ザ・スカル
引っ越ししたての221Bにユニオンジャックのクッションがあって、いつもジョンの椅子の方にあったので彼のロイヤリティの象徴だっと思っていたのですがいつの間にかなくなっています。ユニオンジャックはもちろん兵士だったジョンのロイヤリティをあらわし、消えたのはだんだん日常に馴染み兵士からシャーロックの助手という役割に変わったからだと解釈できます。

骸骨のビリーもいつの間にかなくなっています。ジョンという話し相手がいるので必要なくなったのでしょう。クッションとビリーがビフォー・ジョンのシャーロックの世界を表す二つの小物だと考えた時、ユニオンジャックはマイクロフト、ビリーは友人(S4の井戸で見つかった骨と呼応)でありシャーロックのいつ死んでもいい願望もあらわしているように思いました。

もともとシャーロックは死の気配がつきまとう印象で、ジョンのいない世界=死だと思いました。シャーロックとジョンはモルグで出会って、この時のジョンは戦場帰りで死んだみたいになってるしシャーロックは死人にムチ打っているという、ドイル先生すごいな、モファティスすごいな。二人とも死の側にいるのが殺人運転手「A study in pink」で化学反応を起こし、生の世界へ二人は移動する。いつ死んでも構わない感じが漂うシャーロックが連続自殺事件という自殺を扱っているのもよくできていると思います。

ここまで考えてみて、何かエビデンスがあるといいなと思いました。
昔の絵画のテーマでよく頭蓋骨持って瞑想、もの思いにふけるみたいなのありますよね。「メメント・モリ」、死を忘れるなっていう(門外漢なので…)。

Human_skull_symbolism 骸骨の象徴するもの(リンクしています)
(全部きちんと読んでいませんので参考程度に。)
ここからおもしろいと思ったところを抜粋します。(横着してざっと流し読みなので間違っていたらご指摘ください。)

One of the best-known examples of skull symbolism occurs in Shakespeare's Hamlet, where the title character recognizes the skull of an old friend: "Alas, poor Yorick! I knew him, Horatio; a fellow of infinite jest. . ."

よく知られている骸骨の象徴の例にシェイクスピアの「ハムレット」があり、主人公は骸骨は自分の古い友だとしている。
「ああ、可哀そうなヨリック、
ホレイシオ、おれはよく知っているんだ。素晴らしく奇抜な冗談ばかり言っていた。」※


※台詞の翻訳はハムレットの対訳サイトから引用しています(リンクしています)。


シリーズの最初の方に「ハムレット」との関連の説明を読んだ気もします。
長々ともういいよという感じですが、この引用セリフがあるシーンにはオフィーリアの死は自殺か事故かわからない話があり、S4E3ではNTL「ハムレット」のオフィーリア役の人がユーラス。NTLのオフィーリアは目撃者であるという解釈も現代ミステリーみたいでおもしろかったです。


Our present society predominantly associates skulls with death and evil. However, to some ancient societies it is believed to have had the opposite association, where objects like crystal skulls represent "life": the honoring of humanity in the flesh and the embodiment of consciousness.

現代では骸骨を死や悪と結びつけるのが主流だが、古代にはクリスタルの骸骨を生命の象徴と考えているものがあり、そこでは肉体(直訳しましたが生身、生きている人間ってことですよね)の中の人間性や意識の具象として敬意を払われています。

クリスタルスカルは、ミニエピソードの「Many happy returns」の中でジョンの家(メアリーと住んでいた)のリビングのキャビネットの中に出てくるとネッ友の方に教えていただきました。美術さんのコメントに書かれているということも教えていただきました。その時はジョンがシャーロックの死から酒に逃げていた時代だったので、うつろなジョンの心を表しているのかなどとコメントさせていただいたのですが、正解は「生」を表しシャーロック復活を意味していた。

同時に、シャーロックにとってジョンのいない世界は死んでいるにひとしく、「死んでいた2年間」はジョンと離れていて、S4でジョンに手助けを拒否された後は薬に溺れ死の側に寄っています。クリスタルスカルのことはこじつけかもしれませんが、Jhon=lifeだと思います。

ジョンはマイクロフトに「time to decide」(シャーロックと関わって戦場を見る生活をするか決めなけれないけない)と言われ、シャーロックはホープに薬を渡されて「time to choose」(選ぶ時だ)と言われています。こういうおもしろさが翻訳ではわからなくなる… まだ少ししかわからないので、もっと英語がわかるようになりたいです。

紹介したwikiの英語記事を読んでいる時、mortality(死)がmoriartyに見えて仕方がなかったです。彼のことはずっとラテン語の死(mori)メメント・モリ、死を忘れるなをずっと連想していたのですが、アナグラムっぽいです。(モリアーティのスペルを間違えていたので訂正します)

SHERLOCK S4/メアリ(2)〜マグヌセン顛末と誓いについて〜

S3E3のシャーロックのマグヌセン射殺についてまとまりました。
シャーロックは、ジョンとメアリの間から去りたかった、一種自殺なのではないかと思いました。

おさらい
クリスマスのシーンで、マイクロフトとシャーロックはタバコを吸っている。
マイクロフトはマグヌセンは必要悪さと容認しながらも、「ドラゴン退治が必要だ」と言っている。さらにその前に極秘情報の入ったパソコンという餌をちらつかせている。マイクロフトの思惑をシャーロックは知っている。マイクロフトもシャーロックが理解していると思っている。薬でみんなを眠らせ、シャーロックとジョンはマグヌセン邸にメアリの情報資料を奪いに行く。

ヘリでマイクロフトたちが来ているのも狙撃手がいるのも見えていて、シャーロック自らマグヌセンを撃った。必要ないのに撃った。

その直前マグヌセンに顔を弾かれていてもメアリのために耐えているジョンを見るのにイラついた。
(銃はジョンが持っていてシャーロックがジョンから取って撃っている)
どうしてジョン自ら発砲しなかったのかという疑問を自分は思いつかなかったけど、メアリの暴力的な過去を否定したし丸腰の相手に暴力に訴えたくなく、従う形で抵抗していたのではないでしょうか。

表向きは、頭の中にしか情報がないのなら頭を破壊するしかない(怖いこと書いてる)。
またおさらいで、例えば逮捕の場合は、証拠不十分で不起訴、あるいは彼の新聞社やメディアを使って不当逮捕のキャンペーンをする・政府の信頼失墜・対外関係悪化、有罪になってもいずれ出所する。奪うべき書類や情報がないので、本人が生きている限りは脅かされる結果になる。
というわけでマイクロフトの作戦では政府の極秘情報を持っていた疑いで抹殺となるはずだった。

この時点ではS3E2の誓いからメアリのために身を挺してシャーロックは守ったと思っていました。
S4を見るとシャーロックはこのどうにもならない三角関係がしんどくて逃げたくなったのだと思いました。
S4E1のメアリ、なんだか居心地悪いかも、身を引きたいかもという気がしました。自分が勝ち取ったら、意地でも離すなという意見もあると思いますが、なんだかそう感じました。子どもがいるのでそうもいかないのもわかるし。そんなわけで、S4E1、2はメアリもシャーロックも死にたがっているような気がしていました。それはすでにS3E3でシャーロックはそうだったのじゃないかという気がして、この事件の説明がつくような気がしてきました。多分自分でもそこまでしようと思っていなかったのに衝動的行動に驚いたのがあの顔、子どものシャーロックは感情のまま行動したシャーロックなのではないかと(兄からもそう見えているのだと思う)。
※追記 本当に正義感から憎かったのだと思う、途中までは。

メアリがシャーロックに手を汚させてしゃあしゃあとしている、という点を弁護するなら。
一度目の襲撃が失敗してももう一度襲えばいいのにと思ったんです。でも妊娠していたから身軽に動ける最後のチャンス(でも相当しんどいかもしれない)だったんじゃないかと思いました。S3E3のシャーロックへの発砲は生かすか殺すか迷ったためらい傷(発砲)のような気がしてきました。避けたにしてはみぞおち近くで危ない場所でした。

S3E2の「His last vow」というものが、メアリに向けてのジョンを取らないという誓いだったのかなという気がしてきました。

ワトソンも育児疲れもあるかもしれないけどこの三角関係も浮気メールの原因かもしれないと思いました。というわけで、ジョンが距離を置くべきではなかったのでしょうか?悪いのはジョンになってしまった。とはいえ仕事変えるのも無理があるしね。S4E2で「なぜメアリを守らなかった、誓ったのに」となんでそこまで誓いにこだわるのだろうと不思議な気がしたので、ジョンは二人より鈍感で逼迫していないのかもと思いました。シャーロックも兄の任務とか理由つくって逃げたらよかったのに「逃げる」のは嫌いなタイプだし。そう考えるとS4E3も小姑との戦いに見えてきました。

結局メロドラマになってしまった。よくできた二次創作といわれるのもわかる気がします。
でもこういう表現ならいいかという気がします。あまり原作の主人公二人がタイムスリップしてきたみたいな気がしなくて、やっぱり別の人という気がする。(と、書きましたが、やっぱりつながりを感じると追記します)

もうひとつ、自分は他作品情報で補完してみているところがあるのですが、この前書いたサッカレーの『虚栄の市』の映画版『悪女』、ホームズの時代よりは数十年前ですが住込家庭教師が心もとない存在だったことがよくわかるので、現代版で「殺し屋」というのもだいぶ違うのに心もとなさが通じる気がしました。『悪女』の中では、軍人の妻で夫を戦争で亡くした人も出てくるのですが、実家が破産していて夫の実家には勘当されているので暮らしはすごく大変。軍人も戦争がない時は暮らしが大変そう。そんなわけで軍人の父が行方不明で家庭教師をしていたメアリ・モースタン、優しい主人のおうちにいたので良かったけど、なかなか心もとない境遇だったろうなと思います。

SHERLOCK S2E1/カラチ

S4でアイリーンは生きているらしいことが明かされました。
それまではシャーロックはカラチでアイリーンを助けたという意見と、あれは想像で現実ではないという2つの意見がありました。私は前者の助けた派。どちらにも取れるように作ってあるけど、助けた確率の方が高く見えていました。

助けていない派の人の理由は、実際にシャーロックが現地に行ってジョンが気がつかないのが不思議とか、一人でテロリストをやっつけられるのかとか実現性の低さからのようでした。

S2の段階では、

アイリーンは生きているのか
マイクロフトがカフェでジョンに言ったことは本当だったのか
マイクロフトはシャーロックに協力していたのか

という3つの疑問が残りました。

助けた派の私は、221Bにいるシャーロックの表情から本当のことだろうなと思い、まさに処刑されようとしている時にあの着信音が聞こえてくるアイディアはおもしろく妄想で終わるにはもったいなく、さらにシャーロックが妄想するタイプじゃないからとか、なんとなくでした。しかし今回見直すと、ちゃんと答えが描かれていました。

シャーロックがジョンに無理やり渡させた証拠品のアイリーンのスマホを見ると、画面にそれまでのメールが現れます。
ゆえにジョンが言った「スマホの中は空っぽだ」は、マイクロフトがジョンに嘘を言っていたということ。マイクロフトがジョンに話したことは大部分嘘で表向きの話。ということで、兄弟二人で極秘作戦というか私的作戦を行っていたのではないかと思います。本音はやっぱりシャーロック一人で助けた方がいいのですが、マイクロフトの関与ありだと思います。あの頃はその後のアイリーンがマイクロフトのエージェントとして働いたらおもしろいかもなどと思っていたものですが(エンタメですから)、きっとそういうことと無縁の暮らしをしていると思います。

それにしてもS4E2でアイリーンからメールが来たからバースデーメールだと推測するジョン、すごい。

今見るとS2の時はジョンがアイリーンに対してあんなに険しかったことが新鮮でした。その後、モファットさんはカラチの熱い夜を独自に書かれました。その時もそれってどうなのとざわつきましたが、それがあったのでシャーロックはS4終わり頃にはそうでもおかしくない気になっていました。たぶん、これも嘘。

SHERLOCK S4/Home

お盆休み後半でS4とか前作見直しとか、無駄なことをやってしまいました。この前、アイリーンのところを見てやっぱり答えが書いてあったと思いました(実際に救出派、そしてマイクロフトも関与)が、S4もそうでした。周りの前評判が良くなかったので、いいところを見ようと(セリフの中にも出てきましたね、モンティ・パイソンテーマ)していました。S4はエピソードがパラパラしていてマイクロフトが録画を改竄しているんじゃないかというくらい、初めて見るような気がしていました。『忌まわしき花嫁』はスペシャルとしてはおもしろかったけど、実はシリーズの流れの中ではそれほど好きじゃなくて、ライヘンバッハの滝がやりたかったんでしょうという。『SHERLOCK』はルパート・グレイブス(レストレード)だし、『ELEMENTARY』はリス・エヴァンス(マイクロフト)だなと思いました。

S3・S4がシャーロック視点に転換していて、余計心情がよくわからないという構造は原作の「白面の兵士」とか(「ライオンのたてがみ」もかな?)がホームズが書いたことになっているからでした。「白面の兵士」は当時不治の病とされていたハンセン氏病にかかった疑いのあるワトソンの友人を助ける話で、病気のことを医者が書くのは都合が悪いからという理由でホームズが書いたことになっているとか。この話は結末が爽快だったので子どもの頃読んだのを覚えていましたが、よく読ませていただいているサイトの管理人様がお好きな話でよく書かれています。ちらっとだけ出てくるホームズの心情、読まれてみてはいかがでしょうか。やっぱり鋭いなーと思いました。ドラマがシャーロック視点になって、ジョンとの問題を語っているのはやっぱりうまいなと思いました。パッと見ておもしろい映像作品もいいですが、構造とか要素とかがわかってくる作品もやぱりおもしろい。でもドラマとしてそれでいいのかどうかよくわからない。